若者の心をとらえた青春の書12選 ‐J.D.サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』‐

<紹介図書>
- 『ライ麦畑でつかまえて』(白水Uブックス) J.D.サリンジャー著/野崎孝[訳]/白水社/1984/請求記号939.37||2023
- 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』J.D.サリンジャー著/村上春樹[訳]/白水社/2003/請求記号939.37||2008
- 『ナイン・ストーリーズ』(新潮文庫)/J.D.サリンジャー著/野崎孝[訳]/新潮社/1988/請求記号939.37||2024
今年度最後に採り上げます「青春の書」は、アメリカの作家サリンジャー(Jerome David Salinger,1919-2010)の『ライ麦畑でつかまえて』(1951年刊)です。私がテキストに選んだのは野崎孝訳の白水Uブックス(1984年)でしたが、2003年に村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が出版されましたので、村上訳で読み直して紹介しようと思っていた矢先、サリンジャーの訃報が飛び込んできました。2010年1月27日、ニューハンプシャー州コーニッシュの自宅で、老衰のため、91年の謎に満ちた生涯を終えたというのです。
サリンジャーは1919年にニューヨークのマンハッタンに生まれ、1932年に名門マクバーニー高校に入学しますが、演劇に熱中するあまり学業不振となり、1年後に退学、ヴァリー・フォージ軍学校に転校します。ここでも彼は演劇と創作に励み、1936年に卒業。その後、コロンビア大学で短編小説創作コースを受講し、1940年に『ストーリー』誌に処女作「若者たち」を発表します。しかし、第二次世界大戦勃発を機に陸軍に志願、ノルマンディー上陸作戦に参加します。除隊後、彼は『ニューヨーカー』誌を中心に作品を発表、1951年、『ライ麦畑でつかまえて』で一躍脚光を浴びます。彼32歳のことでした。この作品は、最初毀誉褒貶相半ばするものであったのですが、若者たちの圧倒的な支持を得て、時代と国境を超えたベストセラーになり、今日なお世界中で読み継がれています。
『ライ麦畑でつかまえて』のあらすじは至って簡単です。主人公のホールデン・コールフィールド(16歳)は成績不良で退学を繰り返し、4校目のペンシルベニア州のペンシー・プレップスクール(大学進学準備の全寮制学校)も退学させられ、友人と喧嘩した挙句、クリスマス休暇前に寮を飛び出し、ニューヨークの実家に帰るのですが、それまでの3日間の徘徊を、ホールデン自身が1年後に饒舌に語るのです。
この作品のクライマックスは、運よく両親の外出中にこっそり自宅に戻ったホールデンが彼自慢の妹フィービー(10歳)に、兄さんは「けっきょく、世の中のすべてが気に入らないのよ」「気に入っているものをひとつでもあげてみなさいよ」と挑発されたのに対し、「でもとにかくさ、だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、小さな子どもたちがいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、僕はいつも思い浮かべちまうんだ。何千人もの子どもたちがいるんだけど、ほかには誰もいない。つまりちゃんとした大人みたいなのは一人もいないんだよ。僕のほかにはね。それで僕はそのへんのクレージーな崖っけぷちに立っているわけさ。で、僕がそこで何をするかっていうとさ、誰かその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。つまりさ、よく前をみないで崖の方へ走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子をさっとキャッチするんだ。そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。」(村上春樹訳)と言うところです。
大人社会の偽善やインチキくささにいらだち、激しく反抗していたホールデンも、フィービーとの「幸福な」触れ合いを通して、「ライ麦畑のキャッチャー」、つまり、子どもが危険な崖から落ちないように「つかまえる」役割に自らの人生の夢を託そうとするのです。
2年間ご愛読有難うございました。図書館長として、学生諸君への「読書のすすめ」になればと思い、書き始めたのですが、教職員の皆さんからも激励をいただき、最終回を迎えることができました。心から感謝申し上げます。







「蔵書検索」「佛教大学論文目録リポジトリ」もこちらから